大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和44年(行ウ)44号 判決

原告 高田香料株式会社

被告 尼崎税務署長 ほか一名

訴訟代理人 岡準三 中山昭造 藤田光正 ほか四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告尼崎税務署長のした別紙(一)の第一目録記載の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分はこれを取消す。

2  被告大阪国税局長のした別紙(二)の第二目録記載の裁決はこれを取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は昭和四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの事業年度の法人税について、別紙(三)記載の通り申告したが、被告尼崎税務署長は同四二年五月三〇日別紙(一)の第一目録の通りの更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分をした。右の各処分に対し原告は同四二年六月九日被告大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、被告国税局長は、同四四年九月一八日別紙(二)の第二目録の通りの裁決をなし、この裁決書は同月一九日原告に送達された。

二  被告尼崎税務署長の更正処分の理由のうち原告において争うものは、原告の当時の代表者高田千代に対して原告所有の後記三の不動産を売却した代価が金三四六万二、五一七円だけ不当に安いとして否認した部分である(後記被告の主張の別紙四の本件更正処分の内訳のうち、番号3「社長宅の低廉譲渡」の部分は争うが、その余は認める)。

三  否認の対象となつた不動産(以下本件不動産という)は尼崎市森字植松一八四番地の二の宅地四三六・三六平方メートル(一三二坪)および同地上木造瓦葺平家建ほか、一棟の建物一三二・六七平方メートル(四三・一六坪)であつて、原告が取得し、高田千代に売却するに至るまでの経過は次のとおりである。

種目      年月日         価格

土地購入  昭和二九年九月二九日  一二五万円

生垣修理  同 三二年九月一〇日  二万五、八五〇円

建物建築  同 三二年一月三〇日  三四六万六、九九五円

建具    同 三二年七月 七日  三万二、〇〇〇円

同     同 三二年九月一〇日  二万八、〇〇〇円

改造    同 三三年六月一〇日  一〇万円

小計               四九〇万二、八四五円

売却償却残帳簿価格         三一三万三、七一七円

売却    同 四一年九月一九日  六四三万円

四  原告は同三二年四月一八日高田千代との間で賃料一ケ月金二万五、〇〇〇円月末持参払の約定で本件不動産の賃貸借契約を締結した。右は一般の賃貸借契約と何ら変るものではなく、借家法の適用を受けるものである。特に賃料については当時の賃料決定の常識である取得価格に年六分の利廻り計算のうえ固定資産税額加算の方式を採つていた。

この不動産を売却した理由は、原告は原告構内の正面玄関東側敷地二四〇坪を賃借していたところ、貸主より買取方強い要望を受け、加えて車庫西側の駐車場敷地の隣地についてその地主よりの売渡希望があつたので、本件不動産を急速に処分してその資金を獲得するためであつた。

原告はこの賃借権付不動産の売却にあたり東洋信託銀行不動産部で、賃借人に対する売渡適正価格を鑑定させたところ、右銀行不動産部は賃借権の減価配慮を三五%とする不動産評価書を原告に提出した。賃借権の減価配慮は通例五〇%と見るべきであるが、原告はこの鑑定意見を尊重したのである。そして右三五%相当額が本件否認の額である。これを否認される合理的理由はないのであるから、被告尼崎税務署長がこれを否認したのは違法である。

五  被告大阪園税局長が審査請求を棄却する理由として示した「社宅の賃貸借に際して借家権の対価を取受する慣行がないこと。譲受人高田千代は同族会社の代表取締役であること。」という理由は、理由にならない理由付記であり明らかに違法である。蓋し裁決に理由を附記すべきものとしているのは、決定機関の判断を慎重ならしめるとともに、裁決が審査機関の恣意に流れることのないように、その公正を保障するためと解されるから、その理由としては、請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにしなければならない。理由にならないような理由を付記するに止まる裁決は、その決定手続に違法がある場合と同様に判決による取消を免れないと解すべきである。

被告が本件裁決に付記した二つの理由は、全く具体的根拠を示さない一般的抽象的な理由付記であることは明らかでありかかる裁決は前記理由付記の趣旨に鑑み違法と云うべきである。

六  よつて、原告は別紙(一)の第一目録記載の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分および別紙(二)の第二目録記載の裁決の取消を求める。

(被告の答弁および主張)

一  請求原因一ないし三は認める。

同四の事実中、原告が本件不動産を高田千代に貸与したこと、賃貸借契約書の記載によれば賃料一か月分が金二万五、〇〇〇円となつていること、原告において本件不動産を東洋信託銀行不動産部で鑑定させたところ賃借権の減価配慮を三五%としてきたことは認めるが、本件不動産につき賃貸借契約の締結があつたとする日時は否認する。本件不動産売却の動機は不知。否認された三五%相当額についてその合理的理由がなく不当とする原告の主張は争う。

なお、原告は、東洋信託銀行が作成した不動産評価書について、本件不動産の借家権の価格(又は割合)も鑑定されているかの如く主張しているが、同評価書で行なつている鑑定評価は本件不動産の正常価格(賃借権等の負担が付着していない場合の価格)のみであつて、借家権の価格(又は割合)についての鑑定評価は何らなされていない。なるほど備考欄に「本件物件の所有者が正当な賃貸借契約による借家人に本件物件を売却する場合の特殊価格は、上記鑑定評価額のほぼ六五%が妥当なように思料される。」との記載があるが、右は、その記載内容や鑑定評価書における備考欄の性質からいつて、本件不動産についての原告と高田千代との契約関係に着目した借家権の価格を鑑定評価したものではなく、単に通常の正当な借家権に対する一般的世評相場を示したにすぎない。

同五、六は争う。

尚、本件更正処分による加算減算額の明細は別紙四の本件更正処分の内訳のとおりである。

二  本件更正処分の理由

被告尼崎税務署長が本件更正処分をした面接の理由は、原告が高田千代に譲渡した本件不動産の譲渡価額が時価に比して著しく低いと認められたので、原告は高田千代に適正時価で譲渡したものとして、その差額が原告の係争事業年度分の益金の額を構成するものと認定したことによる。

即ち、本件不動産の譲渡日現在における適正な価額は一、四二三万五、〇〇〇円であるうえに、原告と高田千代との間の本件賃貸借契約は、通常の過程で成立したものとは異なり、本件不動産に借家権の価格が形成されていた余地はまつたくなかつたのであるが、本件譲渡のように、会社所有の社宅を継続して入居中の役員や従業員に譲渡(払い下げ)する場合には、その譲渡価格は適正時価よりもある程度下廻るのが一般的な慣行になつていることを考慮し、本件不動産の譲渡価額(借家権の減価配慮をなす以前の価額)についてもあえて原告主張額を訂正せず、原告がその主張額からさらに控除していた借家権の価格相当分を否認するにとどめたものである。従つて、法人税法一三二条の同族会社の行為計算の否認の規定をそのまま適用して本件更正処分をなしたものではないが、右の低廉譲渡の行為は右法条に規定する租税回避行為にも該当するものと認められるから、まず第一次的には時価により取引されたものとして法人税法二二条二項の規定が面接適用されるとともに、あわせて同法一三二条の適用をも受けるものでる。

1 本件不動産の譲渡日現在における適正時価は、一、四二三万五、〇〇〇円である。被告主張額と原告主張額九八九万二、五一七円(賃借権の減価配慮をなす以前の価額)との差は、主として土地の評価額の相違に基くものであるが、土地の評価額を、後記のように、相続税の評価額を基準にして算出する方法(原処分において検討した方法)、地価公示価格を基準にして算出する方法、本件土地の取得価額を基礎にして算出する方法のいずれによつて算出しても被告主張額の正当性が裏付けられる。

従つて、仮りに原告主張のようにいくばくかの賃借権割合をみるとしても、本件不動産の譲渡日現在の高田千代に対する譲渡適正価格は、八九二万二、五一七円を下るものではない。

以上のとおりであるから、本件係争年度の所得金額は、原告の申告所得金額に、別紙(四)の内訳のうち原告において争いのない項目の金額を加算減算したうえ、当時の時価からみて低廉譲渡となる部分七八〇万五、〇〇〇円を加算した九、一〇一万八、四一二円となるべきであつて、その範囲内でなされた本件更正処分に何ら違法はない。

被告は本件土地の評価額を左に示すとおり評価したが、本件土地の譲渡日現在における適正時価(単位面積三・三平方メートル当りに換算したもの)が、いずれの方法によつても被告主張額八万九、〇〇〇円(別紙(五)の表の(二)〈2〉欄参照)を上廻る三・三平方メートル当り一〇万円前後になつている事実、ならびに木口鑑定士による鑑定書(乙第四号証)を併せ考えると、本件不動産の譲渡日現在における適正時価が被告主張額を下廻るものでないことは明らかである。

(一) 相続税の評価額を基準にして算出した価額

土地の適正時価は、路線価方式による土地の評価額に時価換算倍率(同方式による価額と適正時価との価額水準比率)を乗じて算出した価額(見込時価)によれば昭和四一年当時の時価換算倍率を原処分では、二・三倍(右倍率は、当時大阪市周辺では、二・〇ないし三・〇倍以上と見るのが不動産売買関係業者等を含めての関係者間の常識的な見方であり、また、後述する別紙(六)の表の〈6〉欄によれば、同四五年一月一日現在における尼崎市内の住宅地の平均時価換算倍率が二・三九倍であることなどに照らせば、むしろ原告に有利なものと考えられる。)として本件土地の譲渡日の属する昭和四一年および同四二年当時の路線価を基に、本件土地の見込時価を算出してみると、次の算式〈省略〉のとおり三・三平方メートル当り概ね九万六、一〇〇円になる。

尚、本件更正処分にあたり、調査担当者は、本件土地の適正時価について、近辺の不動産仲介業者から、少なくとも右見込時価程度はするであろうという趣旨の聴取りを得ていた。

(二) 地価公示価格を基準にして算出した価額

地価公示法に基づき、昭和四五年四月一日付官報(号外)により、初めて同年一月一日現在における標準地の公示価格が公示されたが、そのうち標準地が尼崎市内に所在しかつ住宅地に該るものは別紙(六)の表に記載のとおり六件であり、右六件の公示価格を基準として、本件土地の譲渡日現在における正常価格を算出してみると、別紙(六)の表の〈5〉欄記載のとおりであり、そのうち最も低い金額を採用しても三・三平方メートル当り一二万三、九〇〇円となる。

(三) 本件土地の取得価額を基礎にして算出した価額

本件土地は、請求原因三に記載のとおり、原告が昭和二九年九月二九日に一二五万円で取得したものである。

そこで、前記地域別六大都市市街地価格推移指数によつて譲渡日現在における本件土地の価額を算出すると、次式〈省略〉のとおり三・三平方メートル当り一〇万九、一〇〇円となる。

2 原告が主張する、本件賃貸借契約は、原告会社がその当時代表者であつた高田千代に本件不動産を貸与したものであるが、原告会社の如き同族会社においては、会社と代表者との間に法が予定しているような利害の対立はなく、むしろ、両者は一身同体の如く利害を共通にしているものであつて、利害が相対立する賃借人と賃貸人との間に締結される一般の賃貸借契約とではその人的関係において基本的な差違が認められ、この差違と以下の事実によると本件建物には譲渡時に時価相当額より控除される所謂借家権価格に該当するような借家権は形成されていなかつたものと認るのが相当である。

即ち

(一) 本件建物はその素材は材質の上等な檜と杉を使用し、施工の程度も良好で品位は上位と評価され、坪当り建築単価も昭和三一年兵庫県統計書による当時の兵庫県下における一般住宅の坪当り工事価格の平均額三万二、三二九円を約二・五倍も上廻る坪当り八万〇、三二八円かかつていて極めて立派な住宅建築である。

そして、本件建物には当初よりいわゆる女中部屋が設けられていて高田千代の元の住居には丸山敦子および藤田豊子の二名が同居していたがこのうち丸山敦子は同三一年一二月二〇日、高田千代とともに、本件建物に移り、以後同三七年一月二九日まで居住し、高田干代が芦屋市へ転出した昭和三四年五月から同年一一月までの間は世帯主となつて一人で住んでいたことは明らかであり、訴外藤田(高田千代の実妹)についても高田千代と共に本件建物に移居したものと推察され前記の女中部屋が当初より右丸山の同居を考慮して設けられたことは容易に推測される。

ところで、原告がいうように本件建物が原告である会社の取引先の接待や宿泊の施設として取得されたのであれば、その光熱費やそこで食事の賄い等に当る女中の給与など経常的に要する費用の負担については、原告会社において相当の考慮をするのが一般的であるがこのような経費を支出したとする事蹟はなく、宿泊施設としての利用状況について何ら具体的な主張のないこととを併せ考えると、本件建物が高田千代の入居のみを目的として建築された個人の専用住宅であつたことは容易に推測される。

(二)(1) 本件賃貸借契約書によると、その賃料は、月額金二万五、〇〇〇円と定められているが、一般の賃貸借契約による本件不動産の賃料としては著るしく低額のものである。

即ち、不動産の賃貸借契約による適正賃料は一般に原価方式(積算法)によつて算出されており、その算出方式は、基礎価額(本件の場合は取得原価)に期待利廻りを乗じて得た額に、対象不動産の賃貸借を継続するために通常必要とされる諸経費等を加算して求めるものであつて仮りに本件における期待利廻りの適正率が原告の主張(六%)のとおりであるものとして計算すると、その適正賃料は次の算式〈省略〉のとおり約五万円になり、本件賃料が一般の賃貸借契約によるものとすれば、著しく低額なものであることが明らかである。

原告の主張する算定方式は、その求める賃料が地代のみである場合ならともかくとして、その賃料が家賃である場合の算定方式としては、不合理なものである。

(2) さらに、本件の場合、賃料は契約時から売却時に至る間、まつたく改定されていない。

なお、原告は、本件賃貸借契約に定められた賃料金二万五、〇〇〇円が、本件不動産につき所得税通達(昭和二六年直所二-一〇九号)の規定に基づいて算出した賃料より高額であることを理由として、本件の賃料が「適正賃料」より更に高額であると主張している。しかし、原告が「適正賃料」の算定の基礎として主張している所得税通達は、現物給与(給与所得課税の対象とされる金銭以外の物又は権利その他の経済的利益による収入金額)とすべきものの範囲を規定したものに過ぎず、同通達に基づいて算出した賃料額は「一般の賃貸借契約における賃料」算定の基礎ないし基準には全くなり得ないものである。

(三) 賃料の支払状況

原告は「賃料一カ月金二万五、〇〇〇円月末持参払の約であつた」と主張するが、右賃料支払に関する契約条項は全く遵守されなかつた。

原告は、本件不動産を昭和三一年末から同四一年九月一九日までの間、高田千代に使用させ、その賃料については月末持参払いと約しながら、昭和三一年末から同三二年四月一七日までの間は賃料を徴収せず同三二年四月一八日から同三四年九月末までの期間は、「期末賞与と一括相殺する」という、契約を無視した賃借人からの一方的申し入れを採用して、賃料の徴収を各決算期末一回とし、さらに、同三四年一〇月一日から譲渡に至る同四一年九月一五日の七年間は、同期間中に原告から高田千代に対し毎期四〇〇万円から九〇〇万円程度の給与が支払われているにもかかわらず、会社経理上毎期ごとに未収入金と計上するのみでその徴収を放置し、ようやく譲渡契約成立の同四一年九月一九日に至り一括して受領したものである(而もこれについても期間に相当する遅延利息は全く徴収していない。)。

(四) 売却の動機、必要性

契約書第七条によれば賃貸借契約上、賃貸人が都合により本件土地家屋を売却する事情が生じた場合にはいつでも明渡す旨の合意が存し、原告には、別件土地の購入資金を捻出する為という売却の動機があつたとすれば、本件不動産の売却にあたつて契約に基き明渡請求をなし、明渡後有利な条件で売却すべき筈であるのに、借家権が存在するものとして時価を著しく下廻る額をもつて会社資産を売却している行為は、通常経済人の行為としては誠に不可解であり、原告の主張する売却の動機と現実の行為との間には著しい不一致が見受けられる。

三  裁決理由について

原告の審査請求を棄却した裁決の理由は、別紙(二)の第二目録「裁決の理由」に記載されたとおりであるが、原告の納税申告書に記載された課税標準又は、税額等を更正した原処分が正当であるとして、原告の計算した金額に基いて加算すべき具体的な金額を掲げて理由を示しており、その理由には課税標準額を明らかにすることによつて、根拠条文を示す必要がない程度の具体性があるから原告の主張は失当である。

(原告の主張)

一  被告らが本件更正処分に直接適用したと称する法人税法二二条二項の規定は、各事業年度の所得計算の「通則」であつて収益の範囲を規定する原則規定に過ぎず被告ら主張の本物件の価格が一、四二三万五、〇〇〇円とする主張は附近立地条件の調査不備のため信憑性は低く、原告主張価格を以てする本件物件の譲渡がかかる抽象的一般的規定に違反するとするのみでは更正処分の合理的理由とはなり得ない。そこで被告らがなした本件更正処分の理由は、(一)社宅の賃貸に際して借家権の対価を収受する慣行がないこと、(二)高田千代は同族会社である原告の代表取締役であるとの理由以外には存しないと解せられるが、(一)の理由については被告らにおいて本件訴訟において何ら主張立証しないから右理由の違法を自認したものと考えられ、結局(二)即ち法人税法一三二条の行為計算の否認を理由とすることになる。ところで、同法一三二条は税法上当然に認められている実質課税の原則を、特に同族会社の行為計算につき、その否認という形で具体的に確認したにすぎないと解すべきであるが、本件では、非同族会社では通常なし得ない行為計算をなしたものではなく、非同族会社でも通常なし得る不動産の賃借権の価格を売却にあたり控除すると云う合理的な行為計算(本件不動産の借家権価額算定)をなしただけであるから、被告らのなした本件行為計算の否認は、同条の適用を誤つたものである。

二(一)  本件不動産に高田千代が入居する至つた経緯は、もともと、原告の取引先および研究所から出張して来た人達の宿泊および接待といつた社用目的であつたため、正式な賃貸借契約は高田千代入居の後の昭和三二年四月一八日に至つて締結されたもので、当初は会社の宿泊又は接待用として利用されたが、その後かかる用途には利用されなくなり、高田千代個人の住居として使用されるようになつたものである。

賃料について被告は適正賃料に比し低廉であると主張するが、

(1) 社宅・寮等の家賃相当額の評価は、昭和二六年九月二五日付物価庁告示第一八〇号で定められた「地代家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額の計算」に準じて、次の方式で行うこととされている(昭和二六年直所二-一〇九)。

A 建物の純家賃相当額

その建物の固定資産課税台帳の登録価額×2/1,000+12円×建物の延坪数

B 敷地の地代相当数

その建物の敷地の固定資産課税台帳の登録価額×2.2/1,000

C 家賃相当額

A+B

D 非課税限度の徴収額

C×1/2

(2) 右所定の方式に従つて、本件物件の家賃相当額を計算すると

A 1,345,900円×2/1,000+12円×43.23(坪)= 3,209円

B 435,560円×2.2/1,000 = 958円

C 3,209円+958円= 4,167円

D 4,167円×1/2 = 2,083円

尚昭和四三年度以後は、会社役員に対し社宅、寮等を貸与する

場合の家賃相当額の右算定方式は改正された(昭和四三年直審(源)一〇・直審(所)二八・直審(法)五一)が、本件当時にはかかる算定はいまだ存しなかつた。

以上のように本件の賃料金二万五、〇〇〇円が適正賃料より更に高額であることは明らかである。

又被告が主張する賃料の改定がないという事実は、却つて借家権が発生強化する(借家権価額が増加する)間接事実となりうるものである。

尚、原告は、高田千代より、次のとおり本件賃貸借契約に定められた賃料の支払を受けている。

(1) 昭和三二年一二月二六日に同年四月から九月までの分一三万五、〇〇〇円

(2) 昭和三三年一二月二二日に同三二年一〇月から翌三三年九月までの分三〇万円

(3) 昭和三四年一二月一四日に同三三年一〇月から翌三四年九月までの分三〇万円

(4) 昭和四一年九月一九日に同三四年一〇月から同四〇年九月までの分一八〇万円および同四〇年一〇月から翌四一年九月一五日までの分二八万七、五〇〇円

(二)  社宅と借家法の適用について

社宅に対する借家法の適用については同族会社だからという一般的な理由によつて借家法の適用を否定すべきではなく、社宅貸借関係の趣旨目的、当事者の意思、使用料が名目的な否か、等を具体的且つ実質的に検討したうえで判断すべきであり、本件において前記事実関係によればその適用を否定すべきではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告主張事業年度の法人税について原告主張の申告に対

し、被告税務署長がその主張の更正処分竝びに過少申告加算税の賦課決定処分をなし、右更正決定に対し原告が審査請求をなしたところ、被告国税局長はその主張の裁決をなしたこと、右更正処分のうち原告が争うところは別紙(四)、更正処分の内訳のうち社長宅低廉譲渡の部分であり、右譲渡の対象物件は原告所有尼崎市森字植松一八四番地の二宅地四三六・三六平方メートル(一三二坪)及び同地上木造瓦葺平家建外一棟建坪一三二・六七平方メートル(四三・一六坪)であり、右物件は当時の原告会社代表者代表取締役高田千代に賃貸中同四一年九月一九日、同訴外人に売却されたことは当事者間に争がない。

二  弁論の全趣旨によれば、原告が主張する右物件の譲渡価格は六四三万円で、この金額は東洋信託銀行不動産部の鑑定評価額九八九万二、五一七円より賃借権評価額三五%(三四六万二、五一七円)を控除したものであり、被告らが主張する右物件の適正価格は右鑑定評価額を下廻るものでなく、本件物件に借家権の価格の形成される余地はなく、仮りに借家権価格に準ずる若干の考慮を要するとしても本件土地建物の価格は右鑑定価格を上廻る一、四二三万五、〇〇〇円であるから九八九万二、五一七円を下ることはないと云うにあり、原告主張の賃借権価格の形成を認めることができるかどうかが本件の主たる争点をなすものであるから先ずこの点について判断する。

(一)  賃借権が設定されている物件が売買される場合において契約上当事者双方が賃貸借契約を解除することが契約の約旨により可能であるときは、契約が解除されることによりその物件の客観的価格が決定されるが、契約自由の原則が制限される場合、その物件の利用価値程度から考えて賃借権の持つ制約が物件の現実の取引価格に影響することは避けることはできない。

原告主張の賃借権の評価額、被告の云う借家権の価格とは現実の取引によるこのような制約が客観的価格に占める割合を意味するものと解せられる。

ところで所謂社宅の場合においてこのような制約が存するかどうかについて考えると、会社とその従業員との間における有料社宅の使用関係が賃貸借であるか、その他の契約関係であるかは各場合の契約の趣旨により個別的に定められるべきであるが、特定の社宅の支給が特定の役職と関連づけられている場合において、それが事業用設備の一部と見られるような特段の事情が存するときは、仮令有償であつても、それは使用と対価関係にあるものとは解せられず、その使用関係が賃貸借に該らないと解すべき場合があることは否定できない。

(二)  之を本件についてみると、〈証拠省略〉によれば次の事実が認められる。

1  原告は食品類に使用する香料を製造している会社であるため原告の取引先である食品製造業者の研究所や工場関係者が業務上共同研究や技術指導の目的で尼崎市の北部に所在している原告の工場に来所滞在する機会が多く、当時付近には適当な旅館がなかつたので、来訪者に対する便宜を考慮しその宿泊接待の施設として、昭和二九年原告方工場の近隣に存在する本件土地を購入して同三二年の初めには本件建物を竣工させ、当時原告の代表取締役として営業全般にわたつて会社を監督する地位にあつた高田干代が来訪者の接待や営業上の接渉をするということで入居するようになつたこと、しかし、後には付近に旅館が出来たことや大阪との間の交通事情が良くなり大阪市内での宿泊、接待も容易になつたこと、更に、同三七年頃厚生年金住宅の還元融資を得て工場内に男子寮を建て、一部空室ができたこともあつて、本件建物の必要性が次第になくなつたため、訴外高田の申出もあり本件物件を売却するようになつたこと。

2  賃料二万五、〇〇〇円は月末持参払の約定であつたのに拘らず訴外高田の申出により毎年末の役員賞与より支払うこととなり、同訴外人は原告に対し、昭和三二年四月から同年九月までの賃料を同年一二月二六日に、同年一〇月から翌三三年九月までの分を同年一二月二二日に、同年一〇月から翌三四年九月までの分を同年一二月一四日にそれぞれ支払つたこと、その後の賃料については支払われることなく、毎事業年度の決算報告書には未収入金として計上され、本件売買契約が成立した同四一年九月一九日に未収入金として計上されている一八〇万円と四〇年一〇月一日から四一年九月一五日迄の賃料二八万七、五〇〇円が支払われていること。

3  税務署に勤務し、源泉所得税事務に従事していた訴外片山一郎が昭和三二年へ月五日に、原告のところへ源泉所得税の監査のために赴いた際、高田千代が本件不動産に同年一月以降入居していながら家賃が徴収されていないことを発見し、固定資産台帳価額が確定次第同年一月に遡つて少なくとも公定家賃以上のものは取るように指導したこと。

4  原告、高田間の賃貸借契約によれば、その賃貸借期間は昭和三二年四月から同四二年三月末日迄一〇ケ年間とし、当事者において異議のない場合は之を延長することができる旨定められている反面、原告において都合により本物件を売却する事情が生じた場合は、契約期間中と雖も本契約を解除し、家屋の明渡の請求をすることができる旨定められていること。

5  原告には工場の夜間の管理のため工場内に工場長の社宅があるほか一般従業員のための社宅は存在しないこと。

他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  以上に認定したように、本件物件は原告工場に来所する得意先の視察、共同研究のための接待、宿泊の施設とする目的を持ち、その接待には代表取締役である訴外高田千代自らが入居し之にあたつていたこと、訴外高田が本物件に入居した当時において賃貸借契約はなく、その後尼崎税務署源泉徴収税係員指摘行政指導により遡つて原告主張の賃貸借契約が締結されたこと、その賃料の支払状況は通常の賃貸借における賃料の支払とは全く異質なものであること、原告において本物件を第三者に売却する場合契約解除権が留保されていること、原告は一般従業員に対する社宅は持つていないことの諸般の事情を考慮するときは、本件物件の使用関係は賃貸借の形式をとつているが、その実質は企業組織の必要的構成部分、換言すれば事業用施設の一部分としての利用と認めるのが相当であり、賃料と云うも使用と対価関係に立つとは認め難く、実質課税の原則上、訴外高田に本件物件を譲渡するにあたり賃借権の制約があるからといつてその価格を控除することにより譲渡価格を決定することは相当でないと解すべきである。

(四)  してみれば被告等が原告主張の本件物件の鑑定評価額である九八九万二、五一七円を相当な譲渡価格として賃借権の価格の形成を認めなかつた判断は相当と云うべきである。

そして、法人税法第二二条第二項の「内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、当該事業年度の益金の額に算入すべき金額は別段の定めあるものを除き、資産の販売、有償、無償による資産の譲渡、又は役務の提供、無償による資産の譲受けその伯の取引で資産等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする」との規定は、法人の所得の計算は各事業年度の純益金から総損金を控除したものとする所得計算を示すもので、之を資産譲渡について云えば資産譲渡益に対する課税は法人の資産が売買交換等により所有者である法人の支配を離脱する際に資産の値上りと云う形で既に発生している資産利益を清算課税するものであるから、資産が第三者に譲渡された場合には、その譲渡が時価より低廉な価格でなされたときでも、当該資産の取得価格(帳簿価格)と時価との差額である資産利益に相当する益金があるものとしなければならないことは当然であり、被告税務署長が法人税法第二二条二項により前記鑑定評価額である九八九万二、五一七円で訴外高田に譲渡したものと看做し、記帳額である六四三万円との差額三四六万二、五一七円を原告の益金として更正した原処分は何等違法ではなく右更正決定に対する審査請求を棄却した裁決も同様に違法ではない。

三  裁決の理由付記について

行政不服審査法四一条一項が裁決に理由付記を命じた理由は、裁決庁の判断の慎重合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、裁決の理由を相手方に知らせて不服申立(行政訴訟)の便宜を与えることにある。

これを本件裁決にみると、その付記理由として、請求人は、本件物件の譲渡価額六四三万円は相当であると主張するが、(1)当該物件の譲渡時の価額は九八九万二、五一七円を下るものでないこと、(2)社宅の賃貸に際して借家権の対価を収受する慣行がないこと、(3)譲受人高田千代は同族会社である請求人の代表取締役であること等よりみて、請求人の譲渡価格六四三万円は、譲渡時の価額九八九万二、五一七円に比し低廉であると認められる。従つて、その差額三四六万二、五一七円を益金に加算した原処分は相当である旨記載されていて、右の記載のうち、(2)および(3)を除いた部分によつて、本件物件の譲渡時の価額は九八九万二、五一七円を下るものではないので請求人(原告)の譲渡価格六四三万円は低廉である即ち本件譲渡は低廉譲渡であるからその差額を益金に加算したということが明らかであるし、(2)および(3)の部分はその措辞いささか趣旨が分明でない感を免れないものの、原告が差し引いた借家権の価額を差し引く理由のないことを示したものと理解でき、このような場合、譲渡益に対する課税は法人税法第二二条第二項に基くことは当然であること前説示の通りであるから、本件裁決の付記理由に、原告が主張するように、右に付加して根拠条文を掲記しなければ行政不服審査法四一条一項の要求する付記理由として不充分である等の違法があるとは認められない。

原告が主張する本件更正処分の違法事由は、本件不動産の譲渡金額が低廉すぎるとして被告のいう適正時価との差額を益金に加算したのは不当である、本件裁決の違法事由はその付記理由は裁決を取消さなければならないほど不備なものであるとするものであるが、いずれも理由のないことは以上に説示した通りであるからその主張は採用の限りではない。

四  よつて、原告の本訴請求は理由がないから失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松浦豊久 篠原勝美 菊地健治)

別紙(一) 第一目録

更正処分の通知を受けた年月日

昭和四二年五月三〇日

更正処分の事業年度

自昭和四〇年一〇月一日

至昭和四一年九月三〇日

更正決定の金額              審査請求額

所得金額  八六、六七五、九二九円 八三、二一三、四一二円

税額    三〇、四五一、二二六円 二九、二〇四、八九三円

留保所得金額 八、七五七、五〇〇円  七、七六八、七〇〇円

税額       八七五、七五〇円    七七六、八七〇円

控除税額   一、〇〇三、三六九円  一、〇〇三、三六九円

法人税額  三〇、三二三、六〇〇円 二八、九七八、三〇〇円

過少申告加算税   五一、五五〇円          〇円

取消を求める部分

右審査請求額を超過する部分

別紙(二) 第二目録

裁決の通知を受けた年月日

昭和四四年九月一八日

裁決の目的となつた処分

自昭和四〇年一〇月一日至昭和四一年九月三〇日事業年度分

法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分

裁決の趣旨

請求を棄却する。

裁決の理由

請求人は、高田千代に譲渡した尼崎市森字植松一八四番地の二の土地四三六、三六平方メートル(一三二坪)及び、同地上の木造瓦葺平家建ほか一棟の建物一三二、六七平方メートル(四三・一六坪)の譲渡価額六、四三〇、〇〇〇円は相 当であると主張するが、

(1) 当該物件の譲渡時の価額は九、八九二、五一七円を下るものでないこと。

(2) 社宅の賃貸に際して借家権の対価を収受する慣行がないこと。

(3) 譲受人高田千代は同族会社である請求人の代表取締役であること。

等よりみて、請求人の譲渡価格六、四三〇、〇〇〇円は、譲渡時の価額九、八九二、五一七円に比し低廉であると認められる。

従つて、その差額三、四六二、五一七円を益金に加算した原処分は相当である。

別紙(三)~(六)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例